貧血 またお前と戦う時が来るとはな。

貧血のご愛顧、感謝♪感謝♪

子が産まれて、最初に祝いに来てくれたのは夫の幼なじみでした。分娩室から陣痛室に戻り、ひと休みしたところに駆けつけてくれ、この顔を見て私に一声かけて帰って行きました。幼なじみの奥さんも妊娠中だったので、人ごとではなかったようです。
その後、病室に移り、最初に来たのは義父でした。六人部屋の窓際で、一日半かかった出産後、くたくたになっている私のもとに来ました。夫は仕事で帰り、付き添いは誰もいませんでした。
満室の、女性ばかりの部屋に外から一声もかけず、義父は入ってきました。手には缶コーヒー。
「コーヒー飲みたかっただろ。ほら飲め!」と手渡されました。
めんどくさいなと思っていたら、看護師さんが廊下から飛んできました。
「今から授乳が始まるんですよ!コーヒーは控えてください!」
今でこそストレスがたまるくらいなら少量のタバコはOKだったりするようですが、当時はまだそんな風潮ではありませんでした。まして私は極度の貧血状態だったので、妊娠中からコーヒー禁止になっていました。
いいぞ!看護師さん!と心の中で応援していたら
「大体あなた何やってるんですか!ここは女性ばかりなんですよ。少しは気を遣ってください。鯛子さんなんて寝てないんですからね!早くお帰りください!」
やー、グッジョブ看護師さん♪
恐れをなした義父は、それでも缶コーヒーを私の枕元に置いて帰って行きました。
これでしばらくは静かに過ごせるはずでした。
ところが翌日。また義父がやってきました。缶コーヒー持って。
「お義父さん、会社行かなくていいんですか?」と聞くと、
「大丈夫!出産予定日の前後二週間は休みを取ってあったから」
な、何が大丈夫なんでしょうか?とは聞けず閉口していると、また看護師さんがやってきて、お払い箱となりました。
同部屋の人達からは「あの人、義理のお父さんよね?実父ならともかく、絶対に嫌だわ」と同情の嵐。
孫に会いにきたならわからなくもないのですが、私の健康上の理由から総合病院で産んだため、子は新生児室に入ったきり、母親でも触れられるのは授乳時間だけでした。
このうっとおしい日々は退院するまで続きました。
ちなみに、義母が来たのは退院の前日のみでした。友達と旅行に行っていたそう。極端な夫婦だな。
義母の前で、義父が「お義父さんは、二人目は女の子がいいと思う」と言いました。その瞬間の義母の一言
「やっと一人産めたのに、今そんなこと言わなくていいでしょ!」
はあ、お気遣いありがとうございます。やっと一人、そう思ってたなら早く祝いに来いよ。
そんなこんなでようやく退院し、ほっとしたのもつかの間。私はストレスから乳腺炎になり、高熱を出して病院に舞い戻りました。それっきり母乳は出なくなってしまいました。
そして、こんなに大騒ぎをしたにも関わらず、義両親からのお祝いは、現金五万円のみでした。
お金についての汚さはこの後もどんどん露呈していきます。

マッキンゼーが認めた貧血の凄さ

医師からの病名説明で貧血を起こし、倒れてた次の日、私は自分の一人暮らしの自宅へ帰ることになりました。
母も来たし、私も仕事があります。
兄は母の実家の近くにある国立病院へと転院が決まりました。
私は久しぶりに再会した母と兄に別れを告げて、また自分の生活へと戻りました。目まぐるしく過ぎた数日。
人生、なぜこんなに嫌なことが続くのかなと思いました。
同静脈奇形という病気は破裂する場所が悪かったり発見が遅れると死に至ることもあります。兄は死ななかった。それだけでも奇跡でした。
よかった。本当によかった。生きていてくれてありがとう。


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あいむはんぐりーではないんだけど、貧血起こしそうな
RT @chovamosore: ウチの次男、ルイが貧血で苦しんでいます。どなたかB型の猫さん、ご存知ありませんか? 至急、輸血が必要です。関西方面でご協力いただける方、いらっしゃいませんか? https://t.co/K8oi7l05bE
@kcool081003 貧血でたおれちゃうよ〜≧(´▽`)≦アハ
あいむはんぐりーではないんだけど、貧血起こしそうな

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